松下知之の名言・言葉|「上のレベルに」パリ五輪銀から世界一を目指す競泳選手の発言【出典付き】
パリ2024オリンピックの競泳男子400m個人メドレーで銀メダルを獲得し、2026年には日本記録更新やパンパシフィック選手権2冠を達成した松下知之選手。
松下選手の発言を追うと、結果を残した後も満足せず、次の目標を具体的に言葉にしてきたことが分かります。2026年の年頭には「上のレベルに行けるようにしたい」と語り、代表合宿では「自分が引っ張っていきたい」と発言しました。
この記事では、JOC、日本水泳連盟、東洋大学などの公式・信頼できる資料を中心に、松下知之選手本人の名言・言葉と、その背景を紹介します。
松下知之の言葉「上のレベルに行けるようにしたい」
上のレベルに行けるようにしたい
2026年1月2日、新年の初練習で松下知之選手が語った言葉です。
パリ五輪で銀メダル、2025年世界選手権でも400m個人メドレーで2位。それでも2026年に掲げたのは、過去の結果を守ることではなく、さらに上へ進むことでした。このとき松下選手は、1年間を通して自己ベストを更新していきたいという目標も語り、日本記録更新も具体的に見据えていました。
そして2026年9月3日の日本学生選手権では400m個人メドレーで日本記録を更新。年頭に言葉にしていた目標を、実際の結果につなげました。
出典:JOC「競泳・松下知之『上のレベルに』 初練習、日本記録更新狙う」(2026年1月2日)/Japan Aquatics MAG「400m個人メドレーで松下が日本記録」(2026年9月3日)
「自分が引っ張っていきたい」日本代表を背負う言葉
自分が引っ張っていきたい
2026年3月、愛知・名古屋アジア大会へ向けた日本代表合宿で語った言葉です。松下選手は共同主将を務めました。
パリ五輪に初出場した2024年には、代表チームの先輩たちに支えられる若手選手でした。それから約2年。今度は自分がチームを引っ張る立場になっています。
個人の記録やメダルだけではなく、日本競泳全体が国際大会で結果を出すことを課題として捉えている点にも、松下選手の変化が表れています。
出典:JOC「競泳・松下『自分が引っ張る』 アジア大会代表、都内で合宿」(2026年3月27日)
「勇気と希望を届けられる」泳ぎをしたい
多くの方に勇気と希望を届けられるそんなパフォーマンスをしたい
2026年9月、愛知・名古屋アジア大会の開幕にあたり、松下選手がTEAM JAPANを通して発表したコメントの一節です。
自国開催の国際大会で目標にしたのは、自分の成績だけではありません。大会を支える人や応援する人への感謝を示し、自分の泳ぎによって見る人に何かを届けたいと語っています。
出典:JOC「TEAM JAPAN選手団コメント アジア競技大会開幕に寄せて(1)」(2026年9月19日)
パリ五輪で見せた「前半は焦らず」の冷静さ
前半は焦らずいこう
パリ2024オリンピック後のJOCインタビューで、400m個人メドレー決勝を振り返って語った言葉です。
松下選手の強みは後半。世界のトップ選手と泳ぐ大舞台でも、自分の持ち味を理解し、前半で焦ってペースを乱さないことを意識していました。結果は銀メダル。18歳で初出場したオリンピックで、日本競泳チーム唯一のメダリストとなりました。
「頑張る」「攻める」だけではなく、自分の強みが生きる場面まで冷静に待つ。このレース運びは、松下選手の勝負への向き合い方をよく表しています。
出典:JOC「表彰台から見た歓喜の光景―足が震えるほどの緊張を乗り越えてつかんだ銀メダル」(2024年10月8日)
「水泳の楽しさを忘れていた」から初心へ
水泳の楽しさを忘れていた
パリ五輪後の2024年11月、日本代表合宿で松下選手が明かした言葉です。
五輪イヤーは目先の結果を追うことが多くなり、水泳そのものを楽しむ感覚を失っていたと振り返っています。しかし強化期に入り、新しい課題が出てくることに再び楽しさを感じるようになりました。
五輪銀メダリストでも、結果だけを追えば競技の楽しさを見失うことがある。その状態に気づき、初心へ戻った経験は、その後の成長を見るうえでも重要です。
出典:JOC「松下知之『新しい気持ちで』 来夏の世界水泳へ、競泳合宿公開」(2024年11月12日)
パンパシ2冠で語った「自信につながる」
自信につながる良い大会になりました
2026年8月のパンパシフィック水泳選手権後、所属する東洋大学を通して発表したコメントです。
松下選手は男子200m個人メドレーと400m個人メドレーで金メダルを獲得し、国際大会で初優勝。2種目で頂点に立ちました。それでも目線を止めず、2年後のロサンゼルスオリンピックへつながる大会として位置づけています。
出典:東洋大学「パンパシフィック水泳選手権2026で松下選手が二冠達成」(2026年8月17日)
松下知之の言葉から見える4つの考え方
1.結果を出しても、さらに上を目指す
パリ五輪銀、世界選手権銀という実績を持ちながら、2026年の最初に口にしたのは「上のレベル」でした。その後、日本記録更新やパンパシ2冠を実現しています。
2.自分の強みを知り、焦らない
パリ五輪決勝では、後半に強い自分の特長を理解し、前半で周囲に引っ張られすぎないレースを選びました。大舞台でも自分の勝ち方を崩さない冷静さがあります。
3.競技を楽しむ感覚を忘れない
結果を追うあまり水泳の楽しさを忘れた経験から、初心へ戻りました。勝つことだけでなく、成長する過程にも面白さを見いだしています。
4.自分の結果だけでなくチームを考える
2024年には代表の先輩たちに支えられた松下選手が、2026年には共同主将となり「自分が引っ張る」と語りました。
松下知之はどんな選手?
松下知之選手は2005年8月1日生まれ。栃木県出身で、東洋大学とスウィン宇都宮スイミングスクールに所属する競泳選手です。
得意種目は個人メドレー。パリ2024オリンピックでは男子400m個人メドレーで4分8秒62を記録し、銀メダルを獲得しました。
2026年の松下知之|日本新、パンパシ2冠、アジア大会金
2026年は、松下選手が「上のレベルへ」という言葉を実際の結果に変えた一年になりました。
8月のパンパシフィック選手権では200m・400m個人メドレーで2冠。9月3日には400m個人メドレーで日本記録を更新しました。
続く愛知・名古屋アジア大会では、200m個人メドレーで金メダル、400m個人メドレーで銀メダル。JOCの選手ページによると、4×200mフリーリレーでも銀メダルを獲得しています。
一方、400m個人メドレーでは高校生の小島夢貴選手が優勝し、松下選手は2位でした。世界を目指す松下選手にとって、国内にも新しいライバルが現れています。
パリ五輪で銀メダルを獲得した若手から、日本代表を引っ張る立場へ。そして2028年ロサンゼルス五輪へ。松下選手の言葉も、競技成績とともに変化しています。(2026年10月7日現在)
まとめ|松下知之の言葉は「さらに上へ」が一貫している
松下知之選手の発言を追うと、結果を残すたびに満足するのではなく、その経験を次の目標へつなげていることが分かります。
- 2026年は「上のレベルに行けるようにしたい」と宣言
- 日本代表では「自分が引っ張っていきたい」と語った
- アジア大会では「勇気と希望」を届けるパフォーマンスを目標にした
- パリ五輪では自分の強みを信じ、焦らないレースで銀メダルを獲得
- 結果を追う中で水泳の楽しさを見失った経験から初心へ戻った
- 2026年には日本記録更新、パンパシ2冠、アジア大会200m個人メドレー金を達成
松下選手の言葉で特に印象的なのは、目標が「自分が勝つ」だけにとどまらなくなっていることです。世界一を目指して自分を高めながら、チームや応援する人にも目を向ける。その変化も、これからを追ううえで注目したいポイントです。
主な確認資料
- JOC「表彰台から見た歓喜の光景」(2024年10月8日)
- JOC「競泳・松下知之『上のレベルに』」(2026年1月2日)
- JOC「競泳・松下『自分が引っ張る』」(2026年3月27日)
- JOC「TEAM JAPAN選手団コメント」(2026年9月19日)
- Japan Aquatics MAG「松下が200m個人メドレーを制して2冠達成」(2026年8月17日)
- Japan Aquatics MAG「400m個人メドレーで松下が日本記録」(2026年9月3日)
- 東洋大学「パンパシフィック水泳選手権2026で松下選手が二冠達成」(2026年8月17日)
- JOC「松下知之 アスリートプロフィール」
